漫画雑想記一

「黄土の旗幟のもと」(角川書店 ASUKA COMICS DX)
   皇なつき 初読み 97/12/17

黄土の旗幟のもと  陳氏と田中氏の対談集に出てきた皇(すめらぎ)さんの作品を初めて読んだ.
 一応少女漫画ということらしいので,軟派(って失礼な言い方かな^^;)な内容を覚悟していたのだが,なかなかどうして,きちんと歴史歴史した良い描き方をなさっている.ほのかな恋の香りがある程度で,本筋は傾いた王朝のもと,人々を救うためにどのように生きたらよいかと悩む主人公を真面目に描いた作品で,すごく好感が持てた.あとがきで「中国歴史好きの間では○末○初という言い方がある」と書かれていたが,そのような時代には多かれ少なかれ,このような士大夫の苦悩があったに違いない.それを見事に声高らかに描きあげたという所は非常に面白かった.

 また少女漫画家の作品だけあって,実に絵が清らかだ.諸星さんのはどろどろっとしているし,男性が描いた他の中国史関係作品もなんか絵がまがまがしくなっちゃっている気がする.読んでいて絵の綺麗さ,主人公達の凛々しさにうっとりとする作品なんて,中国史もので読めるとは思わなかった.

 しかし!.....なんで,こんなちょっとしかないんだ?作者は「李自成が死ぬところまで描くつもりだった」と書いているが,まさしく量的に物足りない.この内容でばんばん書いてくれれば結構それなりに面白い作品になったと思うのだが,たったこれだけで終わっているのは後味が悪い.どうせなら大河物語として描いて欲しかった(まだ可能性があるのだろうか?).

 もちろん,それは私が李自成の天下取りがうまく行かなかったことを知っているためもあるかもしれない.彼を含めた登場人物達がカッコよく描かれているが,歴史はシビアだ.カッコ良く義軍の旗を上げた者も,最後は敢えなく死んでしまう.最後までカッコよく描くか,途中からカッコ悪くさせるかはその人物や作者の性格にもよるだろうが,ともかく事実を納得させつつ最後まで面白く描いてこそ「歴史もの」と言えるのではなかろうか.

 最後には清末明初の人物達が一枚絵とともに説明されているが,作者はおそらくその人物達を魅力的に描いた作品を作りたいに違いない.是非今後,きちんと長い「歴史もの」を描いてほしいものだ(もし既に描いているのならごめんなさい^^,ただいま他の作品を調査中).

 また,中書き,後書き,さらには同じくらいに読んだ別な作品の後書きなどから,並々ならぬ筆者の中国好きが窺えた.いやあ,こんなところにも中国史フリークの方がいて私はとっても嬉しいです(^^).ちなみに「三」のつく時代に対しては日本に溢れすぎていてアレルギーになっているとか(^^).私としてはそこまでではないのですけれど,なんか気持ちは分かります.是非これからも中国史の作品を読ましていただきたいです!


「北京伶人抄」、「北京伶人抄[弐] 女兒情」(角川書店 ASUKA COMICS DX)
         皇なつき 初読み 97/9

北京伶人抄  この人の作品は秀逸である。舞台は一九二〇年代の北京。古い慣習と新しい空気の間で揺れる人々が織りなす生活模様を描く。まず絵の綺麗さに関しては言うまでもない。私はその頃の北京の雰囲気など知らないが、この作品では実に良い雰囲気が出ていて、中国が近代化していく当時の様子が手に取るように感じられる。私はあまり見たことないのだが中国の近現代の庶民を描く映画を見ているような感じである

 しかし何よりも楽しめるのはそれぞれの話にまさしく「ドラマ」がきちんと設定されていることだろう。そこには現在でも通用するような自分たちと等身大の巷の人々の姿がきちんと描かれているのだ。よくある日常の生活の一部、小さな事件をほんの一時描写したという感じであって小説を描くための無理な物語作りが感じられない。登場人物達はエゴも真面目さも我が儘も誠実さも、それぞれにきちんと持っていてるようなリアリティが強く感じられる。そして読んだ後に訪れる小さな感動、あるいは溜息。

 舞台はは古い慣習と新しい空気が交錯している時代であるが、たとえ時代が移り変わっても、移り変わる中で人々は生活していて一朝一夕で突然変わるわけではない。実際、新しい空気に憧れたり染まっていったりしつつも、古い体質の中でずるずるというか、しずしずと暮らしていく人々というのが大部分であろう。時代の最先端をいく人々を描くのではなく、時代が移っていくことを肌で感じながらも、それまでの古い習慣のもとで普通に暮らす人々を描いた点が、リアリティというか物語に対する親近感を更に高めている。

 一巻では京劇に魅せられた人々を描いているが、私としては弐巻での中国近代化の中で女性達の変わり行く様、変わらない様を描いた物語の方が特に惹かれるものがあった。特に...賢婦だと言われるような夫人が夫に妾を薦めていた理由への憶測はちょっとしたインパクトがある。別な漫画「黄土の旗幟のもと」では体制を守るか変えるかで揺れる士大夫の苦悩を正面から描いていたが、本作品でも歴史を新しい視点から捉えようとする皇さんの姿勢が実に強く感じられた。そのような試みは実に心地よくまた新鮮である。

 ここに描かれるのは決して歴史を動かすような大きなドラマではない。だからこそというべきか、そこでは繊細とまで感じられる皇さんの絵が良く似合う。しかしそれは同時に力強さに欠けるという言い方も出来よう。本作品のような場合には実によくマッチしているが、激しい歴史のドラマを描くときには少し物足りない感じがしないでもない。

 ともあれこれからも本作品のようなドラマ性に富む素敵な作品を期待したい。